ピョン・ヒボン

韓国の俳優・韓流スター

ピョン・ヒボンについて

ピョン・ヒボンは、もともと声優としては1963年にデビュー。俳優としては1970年にMBCTVドラマ『香港101番地』でデビューし、主に悪役を演じていた。

当時はドラマや映画に出演しても、売れたり売れなかったりと浮き沈みが激しく、仕事がなく故郷に数ヶ月帰っていたこともあった。しかし、昔から世話になっている映画監督ボン・ジュノの映画『フランダースの犬』に出演した後、仕事が入るようになり、人気が出始めた。

代表作は2003年映画『殺人の追憶』、『拳が泣く』、2005年『公共の敵』があり、悲壮感あふれるシーンの中にコメディ感覚を取り入れながら、数々の名言も残している。

基本プロフィール

芸名 ピョン・ヒボン (Byeon Hee Bong)
本名 ピョン・インチョル (Byeon In Cheol)
国籍 韓国
性別 男性
身長 0cm
体重 0kg
誕生日 1942年06月08日 (78歳)
干支
星座 ふたご座

所属

事務所 bobスターエンタテインメント

好きなタイプ

不明

性格

「神秘主義者」と言われる。プライベートで外出する時には、常にマスクを着用している。その理由は、俳優であるなら公衆の場でオープンでいるよりも、自分自身をある程度隠した方がいいと思うからだそう。TVでは様々なドラマや映画で多種多様な役柄を演じているからこそ、あまりプライベートを開けっぴろげにすると、視聴者たちを失望させてしまうのでは、という意味合いもあるのではないだろうか。話し方や仕草は実に紳士的な俳優だが、家庭では妻を困らせることが多くあったという。特に売れない時代は、お金の面でも苦労させたし、お酒もたくさん飲んでいた。結婚はお見合いだったというが、妻の実家が裕福であったため、お金の面で助けてもらえると思って結婚することに決めたという。当時それほど生活に余裕がなかったのであろうが、「妻がいないと何も出来ない。先に逝かれてしまったらどうやって生きていけばいいのか見当がつかない」という。妻が家のことを全部してくれるので、自分は服すら一人で買えないほど、妻に頼りきりのようだ。

特技

運動が好き。妻と一緒にウォーキングをしている。2人で韓国全土を歩いたこともある。2011年4月には、ソウルを離れ、故郷を訪れ、山を越え、森の中で一晩を送ったこともある。台本も歩きながら覚えるのはもはや習慣になった。また、若い頃肉体的にも苦労が多い日々を送っていたので、現在でも早起きが得意だという。朝5時半になると自動的に目が覚める。もう少し若い頃は、一週間に3回は山登りをしていたのだが、歳をとって足が痛くなってきたので、今は平地だけを歩き、体力をつけている。

デビュー前の経歴

全羅南道、長城出身だが、幼い頃木浦と光州にも住んだことがある。1965年、製薬会社に就職するためソウルに上京。当時社宅で毎晩ラジオを聴いていたのだが、そこで耳にするラジオドラマがとても面白く、自分もやってみたいと思い始め、軽い気持ちでオーディションを受けてみたら合格となった。合格したはいいが、全羅道の特有の方言が強く、先生から直せとの指示。しかし先生は自分のことを見下しているかのように、「お前は教えててもダメだ、帰れ」などといわれ続けた。その時に屈辱は言葉では言い表せないという。しかし声優の勉強をやめるわけにいかなかった。もう買える場所がないのだ。父親の大反対を押し切って声優の勉強を始めた。たまに里帰りしても、「お前はもう俺の息子ではない」と、冷たく追い返される。お金も底を尽きて、途方にくれていた矢先、劇団サンハの先生であったチャ・ボムソク氏が、劇団に一人空きができてしまったので、お前がやってみないかと打診された。当時希望も自信もなくつぶれそうだったヒボンだったが、思い切って引き受けることにした。この後から、声優活動よりも俳優活動に重点をおくようになってきた。

出身・家族・学歴

兄弟
高校 不明
大学 朝鮮大學校(中退)

周囲からの評判

家庭の中では良い夫、父親であったのか少々疑問である。
ピョン・ヒボンは娘が3人いるが、子供たちにはとても厳しい父親だったという。
娘たちがいい年になった頃、娘たちを見てヒボンはこう言った。「お前たちは恋人の一人もできないのか」。すると3人娘たちは口を揃えて「お父さんが男の人と付き合う時間なんてくれましたか?!」。今では3人ともお嫁に行ったが、自分より義理の両親に尽くしているという。「実家に帰ってくるのに手ぶらで来た時にはもう、正直がっかりします」と漏らした。

整形

なし

出演映画・ドラマ

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