キム・ウンス

韓国・韓流俳優

キム・ウンスについて

キム・ウンスは、1976年 映画『本当に本当にごめんなさい』で小さな役ではあったが、子役として俳優デビューした。そして1981年に演劇俳優デビューした。

キム・ウンスは、今村昌平監督の「日本映画学校」に入学した。実は既に入学選考が終わった後だったが、キム・ウンスの才能に注目した藤田健(今村昌平作品のシナリオ作家)が入学試験を受けられるようにしてくれたという。そして、卒業作品で、在日韓国人のアイデンティティを扱った『ライオンの季節』で、ドキュメンタリー『行こう!行こう!シン君』で有名な原和夫監督と共に演出に関わった。そして7年の日本滞在を経て、韓国に戻って映画『処女の夕食』に出演した。

1996年には、KBSドラマ『カラーイエロー』でドラマデビューを果たした。その後も数々のドラマに出演し、2006年にはドラマ『雪の女王』で、もともと有能なボクシング選手だったが、相手選手に障害を負わせた事故をきっかけに引退してボクシングジムの館長になったイ・ドンスル役を演じたことでも知られる。

基本プロフィール

芸名 キム・ウンス (Kim Eung-soo)
本名 キム・ウンス (Kim Eung-soo)
ニックネーム
国籍 韓国
性別 男性
身長 177cm
体重 78kg
血液型 B型
誕生日 1961年02月12日 (58歳)
干支
星座 みずがめ座

所属・分類

グループ名 韓国・韓流俳優
レコード会社
事務所 オルバンワークスイーエンティ
事務所入所年
カテゴリ

出身・家族・学歴

兄弟 姉、兄
出生地域 忠清南道舒川郡
高校 群山第一高等学校
大学 ソウル芸術大学 演劇映画科、日本映画学校 映画演出学専攻

公式サイト・SNS

公式サイト
Insta
Twitter
Weibo

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

 2016年10月8日OBS TV『独特な芸能ニュース』に出演したキム・ウンスは典型的な「悪い男」のビジュアルとは違って、今の妻に出会うことまで恋愛経験が全くなかったことを明かした。

しかし運命的な愛は、ある日突然訪れた。 当時、結婚する気は全くなかったキム・ウンスが結婚を考えるようになった決定的な事件は、まさに日本留学時代に起こった。

キム・ウンスはある日、新聞配達に行く途中、血を吐いた。肺結核だと診断され、韓国に帰国して治療を受けることになった。その時、金浦空港に出迎えに来てくれたのがまさに今の妻だった。その時「この人が僕の人生のパートナーだという気がした」と話している。 その後2人は結婚し、2人の子供がいる。

好きなタイプ

キム・ウンスは、SBS『ダーリン-百年のお客』に出演した際、「僕の理想型はいつもイ・ナヨンだ」と目をそっと閉じて話して、笑いを誘った。

キム・ウンスはさらに、以前イ・ナヨンと映画を撮った当時を回想するように依然として目を閉じたまま「イ・ナヨンは目がとても大きくてきれいだ。そのとき僕がイ・ナヨンの父親役で、イ・ナヨンが男装をしているのを叱る場面だったが、イ・ナヨンがあまりにもきれいで、胸がドキドキした」と話した。

性格

キム・ウンスは、2013年4月29日KBSバラエティー番組『余裕満々』で、製作チームの「ドラマの中のキャラクターと実際の性格が似ているか」という質問に対して、「家では権威的な面がないが、撮影現場で後輩たちと向き合うと権威的に、厳しく接するようにしている」「後輩たちも愛のムチだと知っているため、演技的な部分においては厳しく、さらに権威的になる」と明かした。

しかし、キム・ヘスはキム・ウンスのこの発言に対して、「(キム・ウンスは)普段から後輩たちと仲がいいので、権威的な部分はなく、むしろ後輩たちと兄弟のように過ごしている」と暴露した。

趣味

キム・ウンスは、MBCバラエティー『遊びに来て-トゥルメンショー』に出演した際、「寂しさを紛らわすための趣味は何か」という質問に、「特に趣味はなくてお酒が好きだから自分でお酒を作って飲む」と話したことがある。

特技

キム・ウンスは、今村昌平監督の「日本映画学校」に留学していた時期があり、日本語が話せる。そのレベルは、お酒に酔った時も日本語で話せるほどである。

デビュー前の経歴

キム・ウンスは、名門群山第一高校に入学した頃、俳優になるつもりは全くなかった。当時は小説家を目指していたが、次第に演劇や映画に心が傾きはじめ、演劇映画学科の願書を買って膝がすっかり埋まるほどの雪道を4kmも歩いて家に帰った。しかし、父親が「(映画・演劇の世界の進むのであれば)親子の縁を切る」と言ったため、キム・ウンスは泣きながら願書を破ったという。

しかしその後、友達の家で世話になりながら、ソウル芸術大学 演劇映画科に進み、在学中から「劇団モクファ」で活動した。そしてモクファで活動していたころ、渡日して今村昌平監督の「日本映画学校」に入学した。当時、入学選考がすでに終わった後だったが、彼の才能を見抜いた藤田健(今村昌平作品のシナリオ作家)が入学試験を受けさせてくれて、卒業作品では在日韓国人男性のアイデンティティを扱った『ライオンの季節』の演出を務め、ドキュメンタリー『行こう! 行こう! シン君』で有名な原一男監督と演出者として一緒に働いた。

家族

解散・引退について

周囲からの評判

2006年1月16日の『シネ21』に「日本映画学校」を卒業する時、ホームシックで韓国に戻りたかったが、この時、今村昌平監督が「君が望む監督と一緒に仕事ができるようにしてあげるから、日本にいなさい」と帰国を引き留めたことを話している。

その時、キム・ウンス選んだのが原一男監督だった。しかし結局ひどいホームシックに悩まされて帰国、その後、韓国では映画監督の夢は果たせず、キム・ウンスは自分の手で作った映画をすでに故人になった今村昌平監督に見せることが叶わなかったことがずっと心の片隅に引っかかっていて、いつか必ず、映画監督になりたいと話している。

キム・ウンスが韓国に戻ると、中学生の時から心酔していたイム・サンス監督が彼を訪ねてきて出演を依頼した。ここから『娘たちの夕食』を皮切りに、キム・ウンスがイム監督の全作に出演するという長い付き合いが始まった。

整形

なし

好きな食べ物

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