市毛良枝

日本の俳優

市毛良枝について

市毛良枝は1971年、TBSの『冬の華』でテレビ初出演を果たした。1977年から出演したフジテレビ系ライオン奥様劇場『小さくとも命の花は』から始まる初井言榮との一連の「嫁姑シリーズ」は、1984年の『喜劇 女の戦争』まで9作制作された。

このシリーズで演じた新妻のイメージから、「理想の花嫁ナンバー1」や「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」などとも呼ばれたことがある。1980年、男性誌『GORO』ではフルヌードを披露し話題に。2017年になっても1950年代から1960年代に生まれた男性の間では語り草になっている。2012年に所属事務所をアミューズに移籍している。

市毛良枝は現在、女優活動と並行し、登山家として日本トレッキング協会の理事を務めている。1999年には自らの経験を題材にした「山なんて嫌いだった」も出版し、環境問題にも関心を持つようになった。同年、環境庁の環境カウンセラーに登録され、田部井淳子率いる環境調査隊に参加している。2007年6月から2008年7月までは、登山ブログ『遊歩の楽しみ ~ 街から山へ、山から街へ』も綴っている。

基本プロフィール

芸名 市毛良枝 (Yoshie Ichige)
本名 市毛良枝 (Yoshie Ichige)
国籍 日本
性別 女性
身長 156cm
血液型 O型
誕生日 1950年09月06日 (69歳)
干支
星座 おとめ座

所属

事務所 アミューズ
デビュー年 1971

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

小川敏夫は、当時検事を務めており、後に参議院議員に選出されることになる人物である。当時「お嫁さんにしたい女優No.1」であった市毛良枝との結婚報道には、当時の男性が世を嘆いてしまうほどのインパクトがあった。

結婚当時小川敏夫は、弁護士として活躍しており二人はお見合い結婚だった。しかし、ほどなくして市毛良枝と小川敏夫は離婚。2人の間には子どもはいなかった。

市毛良枝は、離婚理由を正式に発表していないが、ファンやメディアの間では、小川敏夫のDVが原因なのではいかと言われている。しかし、小川敏夫側は、「事実ではない」とし報道した週刊誌を訴えているので、真相は明かでない。

好きなタイプ

性格

市毛良枝は1977年に出演した嫁姑関係を描いたドラマシリーズ「小さくとも命の花は」(平岩弓枝原作)で新妻役を演じ、新妻役が大好評なあまり、当時の市毛良枝は「お嫁さんにしたい女優No.1」、「理想の花嫁No.1」と、おおいにもてはやされていた。

ドラマで演じた初々しい奥さんのイメージと、市毛良枝の清楚で賢そうな見た目が、世の男性のみならず、女性をも魅了したことで、一躍時の人となった。やはり、「お嫁さんにしたい女優」だけあって、大物でさえ放っておくことができないくらい、魅力のある女性ということだった。

市毛良枝の心を支え、積極的にさせたのは、他でもない「登山」だった。理想の花嫁として人気が上昇しても、好きなはずの俳優の仕事をしていても、俳優業が自分の居場所と思えずに思い悩んでいたという。しかし、登山は違った。

仲間と協力し合いながら山を登っているとき、歩き方を褒められたことがあった。その時、市毛良枝の心の中に、初めて自分を肯定する気持ちが芽生え、登山を続けるうちに、精神的にも強くなり、今まで以上に快活に過ごせるようになったという。俳優業を続けようと思えたのも、山のおかげだと話している。

趣味

市毛良枝の趣味は、登山、読書である。少しでも時間があくと何かを読んでおり、新聞を4誌購読しているという。好きな作家は糸川英夫、遠藤秀作、小林信彦、堺屋太一である。また、散歩が大好きで、1日5時間歩く事があるという。

市毛良枝が登山に臨んだのは、40歳の時だった。父が体調を崩し、看病するために実家に通っていた際、担当の医師がたまたま登山好きで、よく登山の話を聞かされていたという。
父は看病の末に亡くなってしまうが、社交辞令で「今度登山に誘ってください。」と医師にあいさつしたところ、本当に誘われたのが始まりだった。実際に山へ登ってみると非常に楽しく、本格的に登山家としての道を歩むことを決めたという。

特技

市毛良枝は1人用のソファで眠れることが特技である。また、環境カウンセラーの資格を持っている。

デビュー前の経歴

市毛良枝は小学校時代は体が弱く、よく熱を出しては学校を休んでいたという。しかし、苦手な音楽と体育以外の教科は、すべて「5」の成績をとる程の秀才だった。

市毛良枝が通っていた中学・高校は立教女学院で、いわずと知れたお嬢様学校である。立教女学院中学校・高等学校卒業後、文学座や俳優小劇場の養成所に入り女優人生をスタートし本格的に女優として学び始める。6年間女学校生活を送ったため、養成所に入りたての頃は、男性との接し方が分からず苦労したという。

中学〜高校時代は、東京・世田谷の叔母の家に下宿し、演劇部で公演の時は専ら裏方にまわっていた。市毛良枝は高校時代、宝塚女優になりたいと漠然と思っていたという。市毛良枝がデビューを飾ったのは、1971年にTBS系で放送された『冬の華』だった。その後も、嫁姑シリーズをはじめ、順調に出演作を増やしていき、ベテラン女優としての地位を築いている。

出身・家族・学歴

兄弟 2人の兄
出生国
出生地域
高校 立教女学院高等学校
大学

解散・引退について

周囲からの評判

市毛良枝は、立教女学院で松任谷由実の実姉とクラスメートでだった。松任谷は立教女学院当時から校内で目立っていたといい「妹さんはとてもユニークね。」などと姉とよく話をしていたと松任谷が自身のインターネットラジオ『ウィークエンドスペシャル 松任谷由実はじめました』にて語っている。

医師であった父(第4次中東戦争の際、被弾した貨物船山城丸の船医を務めた)が献体を言い残して亡くなり、その解剖結果を父の担当医に報告した時に誘われたことで登山を始める。それまでスポーツ経験は全くなかった市毛だったが、初めての登山は非常に楽しいものであったという。1993年にキリマンジャロへ登頂を果たし、1999年には「山なんて嫌いだった」というエッセイも出版している。

さらに、登山を通じ環境問題にも関心を持つようになった現在は、環境庁の環境カウンセラーにも選出されており、特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事もを務めている。

整形

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