イ・ドクファ

韓国の俳優・韓流スター

イ・ドクファについて

イ・ドクファは、1940年代から1960年代にかけて、舞台や映画などで活躍した、俳優のイ・イェチュンの息子として、ソウルで生まれた。1976年に出演した、『本当に本当に忘れないで』が大ヒットし、スターの仲間入りを果たした。

その後も、数多くの映画やドラマに出演し、韓国中の誰もが知っている俳優となった。舞踏家のキム・ボオクと結婚し、一男一女の父となった。娘のイ・ジヒョンは、女優やタレントとして、活動中である。

基本プロフィール

芸名 イ・ドクファ (Lee Deok-hwa)
本名 イ・ドクファ (Lee Deok-hwa)
国籍 韓国
性別 男性
身長 0cm
体重 0kg
血液型 B型
誕生日 1952年05月08日 (68歳)
干支
星座 おうし座

所属

事務所 DAYエンターテイメント

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

イ・ドクファは既婚者であり、娘と息子がいる。妻は、韓国舞踊家のキム・ボオクである。娘は、タレントのイ・ジヒョンであり、芸能一家である。

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好きなタイプ

イ・ドクファの好きなタイプに関する記事はない。既婚者であるため、そのようなインタビュー内容は、ないものと思われる。

性格

イ・ドクファは、愉快な性格である。例えば、過去に「カツラの広告などで、子ども2人を留学させることができた」と打ち明けたことがある。

ドクファは、週刊朝鮮とのインタビューで、「(国際通貨危機で厳しかった)当時、カツラ広告への出演を提案された。最初はとても不快だったが、根強く説得された。留学中の子どもが2人で、非常にたくさんの金がかかった。子どもを帰国させるべきかどうかを悩んでいた状況だったので、受け入れた。カツラの広告モデルになったおかげで、子どもの教育を無事終えることができた。カツラは、80年代半ばのドラマ『愛と野望』を撮影したときから使いはじめた」と話した。

続けて、「カツラの広告モデルをしてから、もう13年が過ぎた。人生は、何とかしてでも、生きられるものだ。ありがたい縁だと思っている。頭髪の問題も解決し、生活も解決できたから。いまは役割に合わせて、数十個のカツラを持っている」と紹介した。

趣味

イ・ドクファの趣味は、釣りとゴルフである。

デビュー前の経歴

イ・ドクファは、1972年に演劇俳優デビューした。同年1972年に、TBC東洋放送13期公開採用タレントで、正式にデビューする。

1995年に、韓国映画俳優協会会長を務めたときに、政界進出をするつもりで、新韓国党試合光明甲地区党地球党委員長(1996〜1997)を経て、新韓国党常任委員(1997)を引き受けた。このため、KBS2TVハンミョンフェを最後に、しばらくお茶の間を去っていた。

1996年に、新韓国党所属で、国会議員候補として出馬したが、僅差で落選し、これに先立ち、1995年の「PD不正事件」が起こった。当時、一部の生産者と放送の不正を暴露する書面を青瓦台に提出した。このため、しばらくの間放送界では、ドクファをキャスティングしていなかった。

その後、SBSドラマ『となりの女性』で芸能界復帰を果たす。2008年、第2回ソウル忠武路国際映画祭の運営委員長を、2009年〜2011年には、韓国映画俳優協会理事長を務めた。

出身・家族・学歴

高校 慶熙高等學校
大学 東国大学校演劇映画科

周囲からの評判

イ・ドクファとイム・ヨジンが、2008年に、20年ぶりに芸能プログラムで共演した。2人は、KBS 2TV 芸能プログラム『想像プラスシーズン2』に、出演した。

2人は、20年前ハイティーンスターで、各種映画にカップルとして共演し、爆発的な人気を集めていた。『想像プラスシーズン 2』で、久しぶりに共演し、和気あいあいとした雰囲気を演出した。

ドクファは、この日の放送で、ヨジンに初めて会った日を思い浮かべ、 「20年前、映画撮影時に、相手女優に会うために待っていたのに、1時間経っても姿を見れなかった」と、ヨジンをバイト学生と間違えた事情を暴露した。さらに、 「素敵な相手を期待していたが、中学校3年生だったヨジンを見て、大変がっかりした」と語った。

それに対しヨジンは、「ドクファは、映画撮影場で、いつも鏡を持って通う俳優だった」と明らかにして、笑いを誘った。

整形

なし

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