黄仁植

韓国の俳優・韓流スター

黄仁植について

黄仁植は、1972年の映画『アンジェラ・マオの女活殺拳』で、正式にデビューした俳優である。

『ドラゴンへの道』『死亡遊戯』『テコンドーが炸裂する時』 『スカイホーク鷹拳』『暗黒街のドラゴン・電撃ストーナー』『ザ・トーナメント』『ヤングマスター 師弟出馬』『ドラゴンロード』『カンフー風林火山』などに出演した。

世界ハプキドー協会(World Hapkido Association)から、10段の段位を贈られている。

基本プロフィール

芸名 黄仁植 (Hwang Insik)
本名 ファン・インシク (Hwang Insik)
国籍 カナダ
性別 男性
誕生日 1940年09月13日 (80歳)
干支
星座 おとめ座

所属

事務所 なし

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

一般人・不明・該当なし

黄仁植は1977年に、姉と兄がいるカナダに移住し、結婚した。2男1女の子供を設けた。

性格

黄仁植は、「年を取った今は、3、4日ずつ、釣りをしながら、『道とは何か?』という、多少哲学的なことを考えています」と話している。「武術にも、年がある」と言っている。

特技

黄仁植は、合気道の師範でもあり、一生に渡って極めてきた合気道が、特技である。

デビュー前の経歴

黄仁植が映画製作に関わるきっかけとなったのは、1972年に、香港の映画製作者ウォン・フォン(黄楓)が、ソウルをロケのために訪れたことだった。このとき、ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、アンジェラ・マオ (Angela Mao) らも連れて来ていた。

フォンは、香港のアクション映画に導入する、印象的で、新しい技術を求めており、スターたちに、4ヶ月間のハプキドー(合気道)協会本部道場での訓練を行わせた。このとき指導に当たったのが、池漢載と黄仁植であった。

ハプキドーに印象を受けたフォンは、池と黄を香港に招くとともに、韓国での経験を反映させた映画を製作した。この年に作られた映画『アンジェラ・マオの女活殺拳』(原題 Hapkido)では、池と黄が「中国人に、ハプキドーを教える、師匠と一番弟子」という、本人役で出演している。

出身・家族・学歴

兄弟 兄、姉
高校 五山高等學校
大学 なし

周囲からの評判

黄仁植は『ドラゴンへの道』で、日本人の武術家として、タン・ロン役のブルース・リーと対決した。 この時、「おまぃわぁ〜、タンロンか〜?」と、とても日本人と思えない口調で喋った事で、強烈なインパクトを与えている。

ただし、当時の香港映画界では、「吹き替え人」という声優がいたため、全て吹替えである。また、ソン・リョン主演の『師弟出馬』『ヨンソヤ』のクライマックスのアクションシーンで、マスターとして、黄が悪役で出演した。また黄は、「ブルース・リーとご飯を食べながら、武術の話をした」と、セミナーで明らかにした。

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