マリリン・モンロー

マリリン・モンローについて

マリリン・モンローは、アメリカのモデル兼女優だった。1950年代から1960年代初期にかけて、最も人気のあるセックスシンボルの1人だった。彼女は、その時代における性に関する考え方の変化の象徴でもあった。

1962年に、マリリン・モンローは催眠剤の大量服薬が原因で突然の死を迎えた。彼女の死はアメリカやヨーロッパでトップニュースとして流れた。

マリリン・モンローが売れっ子女優として活躍したのはわずか10年間程度であったが、映画の総売り上げは当時の2億ドル(現在の20億ドル相当)に上り、彼女の死から半世紀以上が経った今でもポップカルチャーの象徴であり続けている。

基本プロフィール

芸名 マリリン・モンロー (Marilyn Monroe)
本名 ノーマ・ジーン・モーテンソン (Norma Jeane Mortenson)
ニックネーム エムエム
国籍 アメリカ合衆国
性別 女性
身長 166cm
体重 54kg
血液型 AB型
誕生日 1926年06月01日 (享年36歳)
死亡日 1962年08月04日
干支
星座 ふたご座

所属

レコード会社
事務所 なし
事務所入所年
デビュー年

好きなタイプ

亡くなる前の数年間は、知的で芸術的な人や権力のある人に惹かれていた。生まれた時から父親のいない環境で育ったため、父親像を追い求めているかのようでもあった3番目の夫である劇作家のアーサー・ミラーはこの特徴に当てはまる。

ルームメートだったシェリー・ウィンターズは、モンローと一緒に冗談で、「関係を持ちたい人リスト」を作ったことがある。シェリーによると、モンローのリストは全て50歳以上の人だったとのこと。その中にはアルベルト・アインシュタインも含まれていた。

性格

マリリン・モンローは、プライベートで問題を起こしよく注目を浴びていた。彼女は、薬物乱用、鬱、不安症といった問題を抱えていた。気まぐれな性格で、友達を作るのは得意だったが、友人関係を継続させるのは苦手だった。

読書家で、亡くなるときには400冊以上を所持していた。何千枚もの写真に写ってきたモンローだが、読書している姿の写真も多い。「何もやることがない夜には本屋に行って、適当に手に取り、気に入ったページや文章が見つかったらそれを買って読む」というのが彼女の習慣の一つだった。

趣味

マリリン・モンローは料理と乗馬を趣味としていた。大の動物好きであり、最初の結婚時代には、雨に濡れている馬を家の中に入れようとしたこともある。モデルや女優として様々な写真に写ってきた彼女であるが、プライベートでは色々な動物との写真が残されている。犬、馬、象、羊…熊との写真まである。彼女の嬉しそうな表情が、彼女の動物好きを物語っていた。

生前は犬、インコ、猫、馬を飼ったことがある。ただし馬については、コネチカットの農場で飼われていて、モンロー自身は数回しか乗ったことがない。

特技

生前、料理が得意だと言っていたマリリン・モンロー。彼女の死後、彼女のレシピがいくつか見つかった。そして2010年にニューヨークタイムズは彼女のサンクスギビング用のレシピを再現しようと試みた。すると、それがとても複雑なレシピだということが分かった。「モンローはただ料理していたのではなく、料理に対する自信と才能があった」と言われている。

一方で、ルームメイトだったシェリー・ウィンターズによると、「夕飯のサラダ用にレタスを洗ってとお願いしたところ、モンローは一枚一枚の葉を食器洗い用のスポンジで洗った」というエピソードもある。

デビュー前の経歴

ロサンゼルスで生まれ育った彼女は、幼少期のほとんどを里親の家か孤児院で過ごし、16歳で結婚した。

1944年、ラジオプレーン会社で働いていたモンローは、第一映画部隊というアメリカ陸軍航空軍の部隊のカメラマンに紹介され、モデルとして成功の道を歩み始めた。

モデルの仕事が認められた彼女は、20世紀フォックスやコロンビア映画といった映画会社と短編映画の契約をし、活躍の幅を広げた。1951年にはフォックスと新契約を結び、コメディ映画を中心にいくつかの作品に出演し、1953年にはハリウッドの人気スターにまで成長した。

出身・家族・学歴

兄弟 父親が異なる兄と姉
出生国 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
出生地域
高校 ヴァンナイズ高校
大学

家族のエピソード・詳細

マリリン・モンローは、母グラディス・ベイカーの3番目の子供として誕生した。グラディスの両親はアメリカ中西部からカリフォルニアに移住した貧しい家庭で育った。

15歳の時にグラディスは9歳年上のジョン・ニュートン・ベーカーと結婚し、2人の子供を産んだ。しかし、1921年に2人は離婚し、ジョンは2人の子供を連れて故郷のケンタッキーに帰ってしまう。

1924年にグラディスはマーティン・エドワード・モーテンセンと2度目の結婚をするが、数か月後には別居し1928年に離婚した。モンローの実の父親は不明で、普段はベイカーの姓を名乗っていた。

解散・引退について

1962年8月4日に、生涯現役のまま亡くなった。

周囲からの評判

亡くなる前の何年かは、精神的な不調もあり、一緒に仕事をしづらい人という噂が広まっていた。台詞を覚えるのも苦手だった。1956年の「バス停留所」という映画で共演したドン・マレーによると、「モンローは2行以上覚えられない」という冗談まであったという。

整形

1950年代にマリリン・モンローが顎と鼻を整形したということを証明する治療の記録が残っている。

好きな食べ物

マリリン・モンローはイタリア料理が好きだった。

公式サイト・SNS

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