ジム・ジャームッシュ

ジム・ジャームッシュについて

映画監督・脚本家・俳優・プロデューサー・編集者・作曲家。

トレード・マークの銀髪は、母方の家系に由来する。母と彼女の双子の兄は20代前半で既に銀髪(総白髪)だったそうである。

プライバシー保護について極めて慎重に注意を払っており、長年の恋人・パートナーであるサラ・ドライバー以外のプラーベート情報はベールに包まれたままである。

1980年代はじめ大学院卒業制作の映画を発表し、彗星のごとく映画界に登場し旋風を巻き起こした当時から、その類い稀なる才能が認められ、アメリカ国内はもとより国際的にも脚光を浴びる。以来現在に至るまで、ハリウッド映画などの商業映画にはなびかず、一貫して自主制作映画作品を発表しつづけている。

2004年度Provincetown国際映画祭におけるFilmmaker on the Edge Award(自主制作映画監督としての貢献を讃える賞)受賞。2作目であるStranger Than Paradiseは、アメリカのナショナル・フィルム・レジストリーにて文化財映画フィルムとして保存されている。カンヌ国際映画祭において 、Coffee and Cigarettes: Somewhere in California が1993年度パルム・ドール短編映画賞、またBroken Flowersが2005年度グランプリ(最高賞であるパルム・ドール賞に次ぐ賞)を受賞している。

新境地に挑んだゾンビ映画The Dead Don’t Dieが、2019年度カンヌ国際映画祭の開幕上映を飾る。また同映画では、ディズニー子役出身でアイドル的存在の歌手セレーナ・ゴメスを主役の一人として起用したことでも話題を集めた。ジム・ジャームッシュの映画では、大半のハリウッド映画のように白人だけが登場するということはない。 彼の偏見に囚われない人道的な考え方で公平な人柄は、人種問題だけに限られていないということが、今回のセレーナ・ゴメスを起用したことでも顕著に表れているだろう。

基本プロフィール

芸名 ジム・ジャームッシュ (Jim Jarmusch)
本名 ジェームズ・ロバート・ジャームッシュ (James Robert Jarmusch)
ニックネーム 不明
国籍 米国
性別 男性
身長 188cm
血液型
誕生日 1953年01月22日 (66歳)
干支
星座 みずがめ座

所属

レコード会社 なし
事務所
事務所入所年 1979

所属

レコード会社 なし
事務所入所年 1979
デビュー年

好きなタイプ

長年にわたる恋人のサラ・ドライバーは同じ大学院で映画を学んだ才媛であり、その才能で映画界やアートシーンから一目置かれる存在。

フランス映画City of Lost Childrenの主人公Mietteを演じた、黒髪・黒い瞳の美少女Judith Vittet(当時9歳)を映画祭会場で見かけた際、彼女に歩み寄り『大きくなったら僕と結婚しない?』と話しかけたとか。

性格

博愛主義である。ミレニアム世代が新卒として働きはじめているこのご時世において、未だに白人だけが登場する映画が主要を占めるハリウッド映画界が牛耳るアメリカ映画界において、例外なく有色人種と白人が一緒に登場する映画をつくることを最初から現在に至るまで貫き通していることからも、彼が博愛主義であることは容易に伺える。

コントロール狂である。彼自身曰く、それは事実であり否でもあるという。
映画撮影にチームワークが大切なことは認めるが、撮影進行における決断および指示は、例えばテーブル上のコーヒーカップのデザインなど隅々まで細かい点に至るまで自分自身でしないと気が済まないのだという。

仕事以外では自己主張のない、極めておっとりタイプである。仕事中の性格であるコントロール狂とは程遠い優柔不断。例えば、皆で食事へ出かけることになる。
『どこに行く?』
『わからない』
『何が食べたい?』
『わからならい』
と万事そんな具合だ。

前出のコントロール狂については、あくまでも映画を作っているときだけの彼の性質であるようだ。

趣味

読書。映画鑑賞。祖母の影響で幼少の頃より読書に親しみ、文学に強い興味を示していたという。幼少期、母が雑用を済ませるあいだ映画館にひとり残され、毎日のように2本立て映画を観たそうである。因みにその頃に観た映画は子供用のアニメなどではなく普通に大人が観るもので、恐怖映画やアダルト映画を初鑑賞したのもこの頃だった。

オートバイ。昔から持っている78年製ヤマハのオートバイが大のお気に入り。
パートナーのサラは、ジムの運転するオートバイの後ろに乗るのが好きで、いまもよく彼女を乗せて走っている。
かなりスピードを出すことが可能なこのヤマハに乗るときでさえ、ゆっくり運転するのが好きなマイペース安全運転派。

音楽。17歳でニューヨークへ移住した当時70年代前半から80年代にかけて全盛期だったアンダーグラウンドミュージックをはじめ、パンク、オルタナ系、ロック音楽全般に精通しており、彼の音楽に対する情熱は彼自身の映画に使う音楽にも顕著に表れているといえよう。

特技

作曲、キーボード演奏。10ヶ月滞在したパリからニューヨークへ戻り、しばらくの間Del-Byzanteensというバンドでボーカル兼キーボードを担当していた。作曲家としての活動は、自身のいくつかの映画の音楽を担当しているほか、ミュージシャンのJosef van Wissemとのコラボ・アルバムを2度リリースしている。

デビュー前の経歴

地元オハイオで1971年に高校を卒業後、シカゴのジャーナリズム専修大学へ入学するが、文学と美術関連の単位ばかり取得し肝心のジャーナリズム関連の単位は一切とっていなかったことから、 学校側の要請で自主退学となる。その後、文学と美術に強いニューヨークの名門、コロンビア大学へ転校する。転校後間も無く、キャンパス誌The Columbia Reviewの編集者を務めるようになる。

コロンビア大在学中、夏季交換留学プログラムでパリへ渡る。当初留学期間は夏季3ヶ月弱であったが、実際は10ヶ月間滞在した。パリ滞在中、ギャラリーの配達トラック運転手のアルバイトをする以外ほぼ全ての時間をCinémathèque Françaiseに入り浸り、ひたすら映画三昧の日々を送る。

この間に、それまでは本や話でしか知りようのなかった日本の監督、今村昌平、小津安二郎、溝口健二らの作品を観る機会に恵まれ、また、テレビの深夜放送くらいでしか観るチャンスのなかったヨーロッパの監督 BressonやDreyer、そしてアメリカ人監督Samuel Fullerなど、伝説の巨匠たちの作品を片端からむさぼるように鑑賞する。

資金が底をつき、ニューヨークへ戻った彼は、 Del-Byzanteensというバンドでボーカル兼キーボード担当し、かつかつの生活を送っていた頃、NYU Tisch School of the Arts大学院へ入学願書を出す。通常、大学で映画を専攻、或いは映画撮影の知識がないと入学は許可されないのだが、撮りためていた写真と映画についてのエッセイを入学志願書とともに提出したことで、特別に入学許可が下りる。恋人・パートナー、映画監督であるSara Driverほか、 映画界で活躍するTom DiCillo, Howard Brookner, Spike Lee と当大学院で出会う。

卒業制作映画Permanent Vacationが、Mannheim-Heidelberg 映画祭(当時は Filmweek Mannheimとして知られていた映画祭)にてオープニンを飾り、気鋭の新人監督としてその名を世界に轟かせる。ちなみに、この映画は12,000米ドル(日本円で120万円ほどのイメージ)という超低バジェットで撮影されたもので、撮影費用にジムの大学院学費のための奨学金を充てたことが大学側に発覚し、当時卒業を認められなかったそうである。しかしこの話には後日談がある。彼が有名になってしばらく経ったころ、大学から連絡が入り、卒業証を発行するので、今後は当大学院を卒業したと履歴に加えて欲しいとの要望があったそうだ。 しかし、既にキャリアがある彼にとってはあまり重要ではなくなった卒業証は不要と断ったにもかかわらず、後日卒業証書が郵送されて来たそうである。

出身・家族・学歴

兄弟 3人兄弟の次男
出生国 米国オハイオ州キュヤホガ・フォールズ市
出生地域
高校 1971年卒業
大学 Medill School Of Journalism 、Columbia University 、NYU Tisch School of the Arts

家族のエピソード・詳細

アイルランド系ドイツ人の父、チェコ共和国系ドイツ人の母、兄、弟。

パートナーは、1980年からの長年の恋人、自主制作映画監督・女優のサラ・ドライバー。

解散・引退について

周囲からの評判

迫力ある見事な銀髪、全身黒ずくめファッション、サングラス、ジーンズのポケットからは鎖が覗くというファッションに身を包み、決してフレンドリーとは言えない第一印象を与える。しかし、その見た目に負けず劣らずのユニークな発想や、人道的で公正な考え方、そしてバリトンのように深く響くような低い声で、出会う人々をたちまち魅了するという。才能はもとより、人望の厚さでも抜きん出ている。

イギリス人俳優のAlfred Molina曰く、『プロデューサーたちは苦労して俳優達に出演依頼をするのに、ジムの手にかかれば、お茶とかサンドイッチか何かをご馳走してちょっとお喋りするだけで、いとも簡単に話が纏まる。』

また、『Ghost Dog』の音楽を担当したWu-Tang Clan曰く、『裏切りや嘘が渦巻く世知辛い音楽業界で挫けずに生き残っていられるのはジムのお陰。僕がまだ駆け出しの頃に彼と出会えたことで、この世界も捨てたものじゃないと希望を持てるようになった。彼の映画に最初に関わったのは『Coffee and Cigarettes』。音楽担当の助手として関わり、ほんの小さな音楽の一節だけを担当した。でもジムは僕の名前も映画のクレジットに登録することを約束してくれた。 そして映画が興行収入を得て、ジムの手紙が添えられた小切手が送られてきた。』

整形

整形の噂はない。銀髪に染めていると誤解されることが多いが、母方の家系から受け継いだ正真正銘の地毛である。

好きな食べ物

不明

公式サイト・SNS

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出演映画・ドラマ