哀川翔

哀川翔について

哀川翔は1984年「劇団一世風靡」から生まれたユニット「一世風靡セピア」の一員としてデビューする。男気溢れる哀川翔は、子供の頃からいろいろな伝説を持つ男。そのおかげで芸能界やファンから「アニキ」と呼ばれ慕われていて、「一世風靡セピア」が解散してからは俳優として活躍する。テレビドラマや舞台に多数出演している。バラエティー番組でも小さい頃からの武勇伝を包み隠さず話し、哀川翔伝説がたくさん飛び出して世間を楽しませてくれている。

基本プロフィール

芸名 哀川翔 (Show Aikawa)
本名 福地 家宏 (Iehiro Fukuchi)
国籍 日本
性別 男性
身長 178cm
血液型 AB型
誕生日 1961年05月24日 (59歳)
干支
星座 ふたご座

好きなタイプ

哀川翔の好きな女性のタイプは、現在の奥さんだろう。出会いは六本木で行われた「武蔵丸の昇進パーティ」だった。哀川翔は白いスーツでバシッと決めて参加していた。

そこに青地公美が居た。哀川翔は一瞬で一目ぼれをしてしまい、連絡先を書いた紙を知人に託し渡したが、怪しい風貌の男に怖くなった青地公美は店を出てしまう。居なくなった青地公美を哀川翔は後輩や仲間を使って探し周り、見つけ出したという。そこで二人は意気投合し話が盛り上がった。そして、その日に「子供3人いる」と打ち明けられた。最初は信じられなかったが、本当だと知っても、哀川翔は『「嘘だろ?」と思ったけど、好きになったら関係ない』と受け入れた。それだけ青地公美を本気で愛せる、好きなタイプだったということである。

性格

哀川翔といえば「男気」と言う言葉がピッタリ。

若い頃は短気だったようですが、年齢を重ねるにつれ性格が丸くなった。

そして仲間を大切にし、自分より弱いものに優しく、誰にも平等に付き合うことの出来る人。仲間が困っていたら手を差し伸べて助けてあげる。

中学生の頃も怪我をしているカラスやスズメを拾ってきて元気になったら放してあげたという優しいエピソードもある。動物好きで人が好き、誰からも愛されるのが哀川翔である。

趣味

哀川翔の趣味はプロレス観戦・陶芸・キャンプ・旅行・クルマ・バイク・海釣り・ゴルフ・昆虫採集・メダカの飼育である。 プロレスはすごく好きで上京して初めて一人暮らしをした家はボロボロの一軒家だったが、その一部屋に布団を敷き詰めてプロレスをやる部屋にしていた。今でも男同士で飲むとプロレスごっこをやるらしい。

サングラスも好きで100個以上持っている。好きが好じて『哀川翔プロデュース「サムライ翔(SAMURAI SHO)」』というブランドを立ちあげた。

海釣りも好きで月に2回、その時の旬の魚を狙って福島県あたりから愛知県の三河湾くらいまでの範囲で、太平洋で釣りをしている。

カブトムシも5000匹ほど飼育している。子供の頃、幼虫から成虫にしてあげられなかった事を大人になって思いだしスイッチが入ったそう。育て上げたカブトムシはみんなにあげたり、コンペの景品として出している。

特技

トランプ手品・書道3段である。国際C級ライセンスを持っている。哀川翔は小さい頃から書道を習っていた。

そして哀川翔はマジック歴40年。マジック好きは芸能界の中でも有名で「大人になったら、手品だよ!手品!」と言っている。テレビ番組でもマジックを披露することも多く、たくさんの共演者・視聴者を驚かせている。

車好きなので有名な哀川翔は国際C級ライセンスも持っていて、ラリージャパンやパイクスピークレースなど大手レースにも参加実績がある。

デビュー前の経歴

哀川翔は中学時代は柔道部に所属し、高校時代は器械体操部と陸上部に所属していた。高校2年生の時に器械体操の跳馬で県大会3位をとるほど実力があった。100mのベストタイムは11秒6と早かった。運動が得意なので高校時代までは体育教師を目指していて体育大学への進学を希望していたが願書を出し忘れてしまい受験ができずに終わった経験がある。

専門学校在学中には、雑誌『ポップティーン』の創刊時にアルバイトのライターとして飛鳥新社に出入りしていた。

もともとあった「劇男一世風靡」から歌の活動ししたいというメンバーが集まり、結成されたのが「一世風靡セピア」が立ち上げられ、1984年に「今、我に正直に生きてみたい」で2万枚限定のポスターデビューし、その後音楽活動を開始。「前略、道の上より」にてレコードデビューする。

出身・家族・学歴

兄弟 弟 妹
高校 鹿児島県立高山高等学校

家族のエピソード・詳細

哀川翔の父親は海上自衛隊のパイロットだった。3人きょうだいの長男で妹と弟がいる。

哀川翔が5歳の時、父親が訓練飛行中に空中衝突で事故死してしまう。その時、母親は臨月で遺体確認が出来なかったため、長男である哀川翔が確認を行った。

6歳の頃、母親の実家の鹿児島に引っ越したが鹿児島弁が分からずあまり人と話すことが無かったという。母親に「人を傷つけるな」「嘘をつくな」「人の物を盗むな」と躾けられて育ったため、自分の子供も同じように躾けている。

現在の家族は、1995年に元女優の青地公美と結婚する。青地公美は3人の連れ子がいて、いきなり長女・長男・次男の父親となる。その後、妻との間に2人の実子が生まれた。

解散・引退について

哀川翔が所属していた「一世風靡セピア」は1989年に解散した。その時、メンバーは解散と言う言葉は使わず、卒団や消滅という言葉を使った。

周囲からの評判

共演者から、男気のある硬派な魅力のある哀川翔と言われ、「アニキ」と慕われている。

好きな食べ物

哀川翔の好きな食べ物は寿司・スッポン雑炊・ラーメン・つけめん・ちゃんぽん・明太子スパゲティ・たこ焼き・とりだんご鍋・ジンギスカン・水餃子・串焼き・レバ刺し・コロッケ・アジのたたき・焼鮭・手長エビのグリル・サザエの壷焼き・さつまあげ・ちくわの磯辺あげ・ひじきチーズ入りたい焼き・煎餅・まよねーずおかき・天茶である。

寿司は自宅に板前を呼んで握って貰うのが好き。

つけめんは誕生日に船橋「やぶれかぶれ」に自宅出張してもらう。

焼き鮭はほぼ毎朝、自分で焼いて食べている。

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