椎名林檎

日本の歌手

椎名林檎について

椎名林檎は近年話題性を持つアーティストといえよう。

デビュー時のセルフプロデュースは迫力のあるものだった。ナース服でガラスをヒールで割る。ほかにこのようなアーティストはいただろうか。

現在に至るまで、音楽業界での影響力や存在感は著しい。宇多田ヒカルや宮本浩次(エレファントカシマシ)、トータス松本(ウルフルズ)などといった名だたる他のアーティストとのコラボレーションや、PUFFY、TOKIO、石川さゆりをはじめ様々な分野への楽曲提供も積極的に行っている。

またCMソングへの起用、制作も増えている。近年でいうと飲料CMや、保険会社のCMといった身近なもののCMが多い。
かつての棘のあるイメージとは違い、現在の椎名林檎はオーケストラを取り入れた音に深みのある楽曲が増え、誰もが聞いたことのあるCMソングが多いのではないだろうか。

また、音楽活動にとらわれず、幅広い分野での活躍も目覚ましい。
例えばリオオリンピック・パラリンピックの閉会式・引き継ぎ式の音楽監督。
日本の技術の高さ、伝統だけでなく、世界に広がりつつある日本の文化をきれいにまとめ上げた。
一見斬新すぎるのではと感じられるものの、音楽や衣装のバランスが考えられた世界観は広く受け入れられる作品となり、一躍彼女の名前の広く浸透させたのである。
それ以外にも自民党の文化伝統調査会での公演など、音楽業界という枠組みを飛び越えて活躍している。

基本プロフィール

芸名 椎名林檎 (Sheena Ringo)
本名 椎名裕美子
国籍 日本
性別 女性
身長 167cm
体重 47kg
血液型 O型
誕生日 1978年11月25日 (44歳)
干支
星座 いて座

所属

参加グループ

東京事変

レコード会社 ユニバーサルミュージック/EMI Records (2015年ー現在)
デビュー年 1998

好きなタイプ

彼女の恋愛遍歴を見るとほとんどの男性が既婚者であり、また楽曲の多くが恋愛をテーマにしたものも多いのである。

不倫騒動で世間を騒がせたのは何度とあり、現在事実婚の相手だとされている映像ディレクター児玉裕一も出会ったときは既婚者であった。

結婚している男性でも好きという感情があれば会計ないのかもしれない。彼女が生み出すメロディーや言葉からもそれが伺える。

現在の相手とも事実婚状態をとっていることから、結婚等にこだわりがないことも伺える。

性格

歌詞に旧仮名遣いや旧字体を使うことが多いことから読書家なのではと思われがちだが、実際はそうではなく本人曰く「よく読むのは辞書」とのこと。

以前までは楽曲のイメージからか尖っている印象があるが、東京事変のメンバー談では普段から生真面目で芯の通ったぶれない性格だそう。

彼女自身は自分の世界観をぶれずに表現したいという気持ちが強く、歌詞などにまで反映していることからまれに不快という感情を抱いてしまう人たちも出てきてしまうのでないか。

音楽やライブも砕けた感じとは程遠く、完璧を目指しているところは彼女らしい。
彼女の世に出すアルバム作品の曲名の文字数は、ほぼすべて中心からシンメトリー(対象)の構成されているのも彼女の完璧主義の性格からくるものであろう。

趣味

彼女の音楽活動の才能に関して言えば、趣味が実益といっても過言ではないだろう。彼女の生み出す言葉やメロディーは、深く読み解けば読み解くほど現在の時代の流れや、人間の根源に通づるものがあるのではないか。
現在17歳の息子と4歳の娘がおり、お弁当作りもこなす母親の姿も垣間見えるのである。

特技

椎名林檎というアーティストをひとことで言えば大胆なシンガーソングライターであるが、アレンジや打ち込みを自らできるアーティストであるとともにセルフプロデュースできるアーティストでもある。
また多くのアーティストとコラボレーションしているところから、そのアーティストをうまく活かし、簡単に想像つく作品ではない、いい意味で裏切ってくる音楽性を生み出すのである。

デビュー前の経歴

中学入学後、友人とバンドを結成。高校進学後は軽音楽部に所属し多くのバンドでボーカルだけでなくあらゆる楽器を担当していた。自身で作詞作曲するようになってからは、学外以外の友人とバンドを組むようになった。

1995年「Marvelous Marble(マーベラス・マーブル)」というバンドで「第9回 TEEN`S MUSIC FESTIVAL」に出場し、福岡地区にて1位を獲得。その後全国大会に出場し奨励賞を受賞した。この時、ティーンズ大賞を受賞したのがaikoで、この時から現在に至るまで交友関係が続いている。

高校2年が終わるころに学校を中退し、アルバイトをしながらデモテープをレコード会社へ送る日々を過ごしていた。

1996年「THE 5th MUSIC QUEST JAPAN 福岡大会」にバンドとして出場し、初めて”椎名林檎”の名で出場。この時「ここでキスして」を歌い優秀賞を獲得。

これをきっかけに多くのレーベルより声がかかり、1997年にアレンジャー兼ベーシストの亀田誠治とデビューに向けた楽曲政策をスタートするのであった。

1998年5月、シングル「幸福論」にてメジャーデビュー。

出身・家族・学歴

兄弟 実兄はシンガーソングライターの椎名純平。
出生国 日本
出生地域 埼玉県

家族のエピソード・詳細

叔父はブックデザイナー、イラストレーターの辰巳四郎。

解散・引退について

ソロ活動として1998ー2003年まで活動したのち一旦ソロ活動を休止した。2004年より兼ねてより親交のあった亀田誠治をとともにバンド「東京事変」を始動する。バンドとしてはロックフェスへの参加を積極的に行い、紅白歌合戦にもバンドとして2度ほど出場した。

2012年2月29日閏年にバンド「東京事変」の解散を発表。バンド活動中もソロ活動を少しずつ行ってはいたが、バンド解散後は精力的に楽曲政策やツアーなどを行っている。

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