松任谷由実(荒井由実)

日本の歌手

松任谷由実(荒井由実)について

松任谷由実は「ユーミン」の愛称で知られるシンガーソングライターである。かつては旧姓の荒井由実として活動していた。自身のソロ活動の他に楽曲提供も数多くおこなっており、自身が歌わない前提の場合はグレタ・ガルボをもじった「呉田軽穂(くれだ かるほ)」名義で楽曲提供をおこなう。また、自身の音楽プロデュースは夫である松任谷正隆が担当している。

女性アーティスト男女通じてソロアーティストの歴代アルバム首位最多記録や、女性アーティストの歴代最年長首位記録を保持するなど、デビュー45周年を過ぎてなお活発に活動し、幅広い世代に長く愛され続けている。

『YUMING SPECTACLE SHANGRILA』での「サーカスやアーティスティックスイミング、フィギュアスケートと一体化したコンサート」のようなチャレンジングな試みに代表されるような、魅せるステージにも定評がある。

2013年には紫綬褒章を受章した。

基本プロフィール

芸名 松任谷由実(荒井由実) (Matsutoya Yumi)
本名 松任谷由実 (Matsutoya Yumi)
ニックネーム ユーミン
国籍 日本
性別 女性
血液型 O型
誕生日 1954年01月19日 (68歳)
干支
星座 やぎ座

所属

参加グループ
レコード会社 EMIミュージック・ジャパン (1972年 - 2013年)→ユニバーサルミュージック/EMI Records (2013年 - )
デビュー年 1971

性格

「脳内女優」と呼ぶ存在がユーミンの中におり、ソングライティングの際には曲の情景を演じてみせたり、ラジオでもFMとインターネットでは「前者はリリカルで、後者はギャグ漫画みたいな感じ」に切り替わるという。いずれの自分も本当の自分であるとしている。

思い立ったらすぐ行動するタイプでもあり、冒険家の山本昌美に影響を受け、ツアーを中断して、旅をしながらラリー競技をするパリ・ダカール・ラリーについていったことがある。

趣味

家業が呉服屋であるためか、ファッションについての関心が強く、多摩美に進学した際は染色を専攻することを考えていた。また、ファッションコーディネートについてはスタイリスト人格である「ルネ先生」が存在している。

特技

黒柳徹子のモノマネが得意である。

デビュー前の経歴

加橋かつみに「愛は突然に…」(曲そのものは14歳の時の作品)を提供し、17歳で作曲家としてデビューした。

1972年にかまやつひろしによるプロデュース曲「返事はいらない」で旧姓の「荒井由実」名義デビューした。翌年発売された『ひこうき雲』が高く評価され、1974年から本格的にステージ活動をおこない始めた。以降、「あの日にかえりたい」やバンバンへの提供曲の「『いちご白書』をもう一度」でオリコン1位を獲得するなどブームを迎えた。

出身・家族・学歴

兄弟 兄2人、姉、弟
出生国 日本
出生地域 東京都
高校 立教女学院高等学校、御茶の水美術学院
大学 多摩美術大学

家族のエピソード・詳細

実家は八王子の老舗呉服店である荒井呉服店。

夫は音楽プロデューサー・アレンジャーの松任谷正隆で、1975年の結婚当時は引退を考えていた。しかし、専業主婦になりきれなかったこともあり、現在の「松任谷由実」名義での活動を始めることとなった。

周囲からの評判

同年代である中島みゆきとしばしば比較され、交友関係があると共に音楽面ではライバルのように評されることがある。特にバブル期、松任谷由実は「若者のカリスマ」「恋愛の教祖」などと呼ばれ、失恋の歌が多く我が道を行くような作風の中島みゆきと対比されていた。

公式サイト・SNS