宮本 信子

宮本 信子について

宮本信子は、1963年に文学座付属演劇研究所に所属し、1964年の劇団青芸在籍時に別役実作『三日月の影』で初舞台を踏んだ。さらに1967年劇団青俳で木村光一作演出『地の群れ』、今井正演出『神通川』に出演した。

1972年からはフリーになり、映画監督・伊丹十三と結婚・出産後、二児の育児に専念した。1984年、映画『お葬式』以降、全伊丹監督作品に出演し、1988年『マルサの女』ではシカゴ国際映画祭で最優秀主演女優賞、日本アカデミーで最優秀主演女優賞、キネマ旬報報道で主演女優賞など多数受賞した。その後、1990年9月からは東宝芸能に所属している。

2017年には、日本の映画専門チャンネルで『24時間まるごと 伊丹十三の映画』が特集された。『タンポポ』を含む伊丹監督作10本が放送されるほか、ドキュメンタリー番組『タンポポ、ニューヨークへ行く』もオンエアされた。

基本プロフィール

芸名 宮本 信子 (Nobuko Miyamoto)
本名 池内信子 (Nobuko Ikeuchi)
ニックネーム
国籍 日本
性別 女性
身長 157cm
体重 0kg
血液型 O型型
誕生日 1945年03月27日 (74歳)
干支
星座 おひつじ座

所属

レコード会社
事務所 東宝芸能
事務所入所年

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

宮本信子と伊丹十三(映画監督)は、1969年に結婚した。その後、夫は1997年他界(飛び降り自殺、享年64)した。

宮本信子は「伊丹さんは(美意識の)厳しい人でしたから。気にいるように、なんとかついていくのが(大変だった)」と発言した。帰宅時間や晩御飯の好みは聞いてはいけなかったようで、「聞くもんじゃない」と言われたと宮本が明かしている。

宮本と伊丹十三との出会いは、NHKの『明日の家族』という番組である。伊丹十三がディレクターと「どっちが先に(宮本を)お茶に誘うか」ということで賭けをしたという。宮本は「お茶は結構でございます。今日は早く帰ります」と2人とも断ったという。

宮本が「大変な時期もあった」と振り返る結婚生活だが、ただ一つ宮本信子の意見が通ったことがあるという。「私は『子供が欲しい』と言いました。(でも彼は)『いらない。自分に似たような子はいらない。自分が嫌いだ』って言うんですね。そのころ(夫は)『世界は人口が増えていて、増え続けると食糧難になる』って心配していて、『だから子供はいらない』とも。『でもね、将来、2人死ぬでしょ。2人死ぬから2人はいいんじゃないですか』って言って。それで『うっ』ってなって」

そして生まれた子供が万作と万平である。いざ子供が産まれると、伊丹はそれまでの発言が嘘のように子煩悩になり、「子育て十三」モードになったという。1977年に伊丹は『徹子の部屋』に5歳になる長男と2人で出演している。映像の中で、隣に座る息子を眺める伊丹の姿からは、気難しそうな映画監督の顔はまったく伺えなかった。

好きなタイプ

不明

性格

宮本信子は基本的にそれほど裏表がなく、素直に実直に生きている。

故伊丹十三は、「結婚前に『宮本信子の容姿は気に入ったけど性格に気に入らないところがあったので、結婚してから自分が変えればいい』と思っていたら、容姿は変わってしまったけど、性格は変えられなかった」と語ったという。

趣味

宮本信子の趣味は、作詞、相撲観戦、バイク、乗馬、水泳である。水泳は、コーチについて水泳を習った事があり、4泳法を全てマスターしている。そして、子どもの頃から大の相撲ファンだった。

特技

宮本信子の特技は、三味線、小唄、日舞、ジャズダンスである。小唄は人に教えられる程の腕前である。自宅にジャズ練習用マイマイクがある。

デビュー前の経歴

宮本信子は、4歳から高校生までを愛知県名古屋市で過ごした。

出身・家族・学歴

兄弟 不明
出生地域 北海道小樽市
高校 愛知淑徳高等学校
大学 進学してない

家族のエピソード・詳細

夫は映画監督・故伊丹十三、長男は俳優の伊丹万作、次男は元俳優の伊丹万平である。

また、千秋実は父親のいとこ、大江健三郎の妻は夫・伊丹十三の妹である。

解散・引退について

周囲からの評判

小嶺麗奈は宮本のことを女優として尊敬していると語っている。

整形

なし

好きな食べ物

好きなアーティスト

公式サイト・SNS

公式サイト
Instagram なし
Twitter
Weibo

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