島田洋七

日本のタレント

島田洋七について

島田洋七は、漫才コンビB&Bの一人である。島田オフィス、オスカープロモーションに所属している漫才師でありタレント、作家としても活躍している。

1970年、大阪にいた広陵野球部OBの勧めで、漫才を観たことがきっかけで芸人になろうと決意した。吉本興業の関係者を紹介してもらい、うめだ花月の進行係として採用された。その後、今喜多代と島田洋之介に弟子入りし、1972年に桂三枝の紹介で団順一と初代B&Bを結成した。

1980年に『お笑いスター誕生!!』の初代グランプリとなり漫才ブームを引き起こす。

また、小学生から中学を卒業するまで、佐賀の祖母の家に預けられていた時の体験を記した『佐賀のがばいばあちゃん』が後に出版されベストセラーになり、映画化・ドラマ化もされた。

その後は、講演を数多く行っている。

基本プロフィール

芸名 島田洋七 (Youshichi Shimada)
本名 徳永 昭広 (Akihiro Tokunaga)
国籍 日本
性別 男性
身長 164cm
血液型 O型
誕生日 1950年02月10日 (70歳)
干支
星座 みずがめ座

所属

事務所 オスカープロモーション

性格

島田洋七は、人のアドバイスに耳を貸さず、何でも思い付きでやってしまう性格である。

よく嘘をつくため、話していることが、本当なのかネタなのか分かりにくい。

趣味

島田洋七の趣味は、家庭菜園である。

自宅の庭できゅうりやゴーヤ、トマトなどを栽培している。

特技

島田洋七は小学校時代、運動が得意で徒競走はいつも一番だった。中学時代は野球部に所属しており、高校は特待生として名門・広陵高校に進んだ。また、数学も得意であった。

自宅に寿司カウンターがあり、寿司を握るのが得意。

デビュー前の経歴

島田洋七は、大学中退後に広島市内の八百屋で、住み込みで働いていた。

19歳の時には佐賀に戻り、当時デパートで勤めていた妻と知り合い、20歳のときに二人で東京へ駆け落ちした。

間もなく、妻の、貯金も尽き、高校の先輩に誘われて大阪に移る。

その後、大阪で漫才を観て芸人を目指し、うめだ花月の進行係として働いた。

出身・家族・学歴

兄弟
高校 広陵高校
大学 広島工業大学土木工学科

周囲からの評判

島田洋七の親友であるビートたけしは、「いろいろばかはあるが漫才ばかである。洋七から漫才をとったらうそ付き、うらぎり者、サギ師、へんたい、などしか残らない。でも犠牲者はみんな笑ってゆるしてやれる男だ。」と島田を評価する。

整形

なし

出演映画・ドラマ

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