三宅健

V6 ジャニーズ

三宅健について

三宅健は、ジャニーズJr.時代から、森田剛と共に「剛健コンビ」と呼ばれ、絶大な人気を誇る。

1995年7月27日、ジャニーズJr.としては初の単独コンサートが行われ、剛健コンビでメインボーカルを務める。それが今のJr.のブランド力を押し上げたと言われている。

16歳の時の1995年11月1日 に、「MUSIC FOR THE PEOPLE」でV6としてデビュー。

手話を得意とし、2016年にはリオデジャネイロパラリンピックのメインパーソナリティーに就任した。

基本プロフィール

芸名 三宅健 (Ken Miyake)
本名 三宅健 (Ken Miyake)
国籍 日本
性別 男性
身長 164cm
体重 51kg
血液型 O型
誕生日 1979年07月02日 (41歳)
干支
星座 かに座

所属

参加グループ

V6

事務所 ジャニーズ事務所
事務所入所年 1993
デビュー年 1993

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

三宅健は、2012年、週刊誌『女性セブン』にツーショット写真が掲載され、お泊りデートをしていたことが報じられる。

ジャニーズ事務所は、「プライベートは本人に任せています。」とコメントし、否定しなかった。
それからすぐ、三宅も大屋も別の人と付き合っているという噂が流れ、破局したと思われていた。

しかしその後、「2人がニューヨークで会っていた。」という目撃情報があった上、大屋がブログで「ニューヨークにいる。」と書いたため、2人の交際はしばらく続いていたと思われる。

2013年6月、週刊誌『女性セブン』で熱愛が報じられた。記事によると、2人は深夜にタクシーで柴咲の自宅マンションに向かい、車を降りるとマンションへと入っていったという。それから1時間ほど経った後、三宅は一人でマンションから出たとされる。

2人は、音楽番組で共演することも多く、旧知の仲だった。その後、2014年に柴崎コウは、中田英寿との熱愛を報じられたため、三宅とは既に破局していると思われる。

2003年にフライデーにスクープされた。当時2人は半同棲生活を送っており、Tシャツ・ブレスレット・腕時計などペアルックも多く仲睦まじい様子が写真に収められていた。安室の元夫であるSAMがV6の振り付けを担当し始めたことがきっかけで三宅と知り合う。

双方の事務所は交際を否定していたが、安室は週刊誌に張られていることを知った上、あえてペアルックのTシャツを着て写真を撮られにいったそう。

結婚間近だとされていたが破局に追い込まれた。

2019年、女性セブンにスクープされた。目黒区内の繁華街でのデートを激写され、その後は三宅の愛車で自宅まで行ったそう。それ以外にも何度も逢瀬を重ねているのが目撃されている。

好きなタイプ

三宅健は、「可愛い系か綺麗系かで言えば綺麗系が好き。」とコメントしている。

また、顔が綺麗なだけではなく美意識の高い女性を好む。そのため、「鼻の毛穴が無い人がタイプ」「女性は全身脱毛をして当たり前」などの発言をしている。

また、女性の脚フェチであることを公言し、テレビ番組『櫻井有吉アブナイ夜会』に出演した際には、アシスタントの女性の脚を品定めした。

寂しがりやでスキンシップが好きなため、恋愛感情があってもなくても相手との距離が近いと言われる。

性格

三宅健は、人懐っこく、甘えたがりでスキンシップが激しい。メンバーの膝の上に乗ったり、抱きついたりしていることもしばしば。男女問わず距離感が近くベタベタする。

しかし、誰とでも仲良くするタイプではなく、ガードが固い面もある。そのため、メンバー等の気を許した人物以外に体を触られるのが苦手で触らせない。

自分の気持ちに素直で、言葉も率直である。時に毒舌であったり、アイドルなのに下ネタを言いまくったりと自由奔放。正しいと思うことを貫きたい気持ちが強く、電車の中で化粧をする女性を見ると注意する。

また、環境問題への意識が高く、ゴミ拾い運動に参加している。

また、プライベートでは交通手段に車ではなく電車を使う事も多い。気が強くワガママな面もあり、遅刻魔としても有名。芸能界の大先輩である伊東四朗の自宅にお呼ばれした際も、1時間遅刻して伊東を寒空のもと待たせた。しかし、そういった面も「三宅健なら仕方がない」と周囲から甘やかされ、愛されている。

趣味

三宅健の趣味は、美術鑑賞や観劇、音楽鑑賞がである。

また、日本文化が好きで、日常的に落語を聞いたり、笑点メンバーの落語家春風亭昇太の独演会へ出向いたりしている。相撲も好きで、東京本場所初日は、欠かさず観戦している。たまに中継に三宅が映り込んでいることもある。

インディアン文化も愛していて、V6としての初任給で、原宿の老舗インディアンジュエリーショップ「ゴローズ」のアクセサリーを買った。それは、デザイナーの高橋吾郎が自ら唐草模様と三宅の名前・誕生日・イーグルの彫りを入れたもので、外さなければならない仕事の時以外はほぼ常につけている。

特技

三宅健は、手話で会話することが出来る。手話を習うきっかけとなったのは、「耳の聞こえないファンに手話で話しかけられたが、当時の自分は分からず何も返すことが出来なかった。そのことに後悔しているから。」と話していた。

また、ボウリングも大好きで、ハイスコア200以上である。行きつけのボウリング場にマイロッカーがあり、マイボウル、マイシューズ、マイリストガードを所有している。練習では、フォームをチェックしながら、1人で15~20ゲーム投げる。

デビュー前の経歴

三宅健は、1993年にジャニーズ事務所へ履歴書を送った数日後、ジャニー社長から直接電話があり入所することになる。それからすぐに、森田剛と出会って親しくなる。「剛健コンビ」と呼ばれ、ジャニーズJr.時代から絶大な人気を誇った。

1995年7月27日、ジャニーズJr.としては初の単独コンサートが行われ、剛健コンビでメインボーカルを務める。その後、三宅健はジャニー喜多川に「V6やらない?」と、V6でのデビューを持ちかけられた。最初に声をかけられたのが三宅健で、三宅健ありきのグループとして構想されていたようだ。そこで三宅健が「(森田)剛は入らないの?」と聞くと「入らない」と言われ、三宅は「じゃあやりたくない」と答えた。その際に、ジャニー喜多川は、「お前、森田剛が入ったら一番になれないじゃない!」と言った。森田剛と三宅健は、当時ジャニーズJr.のトップを争う人気だったため、同じグループに入れればどちらかがトップになれないと懸念してのことだった。

しかし、三宅健は「それでもいいから」と頼み込み、森田のV6入りが決定。1995年11月1日 、16歳の時に「MUSIC FOR THE PEOPLE」でデビューした。

出身・家族・学歴

兄弟
高校 東海大学付属望星高等学校(中退)
大学 進学せず

周囲からの評判

Jr.時代から三宅健と仲が良かった森田剛は、三宅について語ることが多い。「健と出会ったときのことは今でもよく覚えてる。紫色の服着て、態度の悪い、何か変な子供だった(笑)。そのまま大人になっちゃった感じ。最近はアウトな発言で楽しませたりしてるけど、人間ぽくていいんじゃないかな、と思う。でも、2人で話してても、会話を取ったり、俺が振り付けの先生に教わっててもいつの間にか入ってきて先生を取っちゃう。そんな泥棒癖はやめてほしい!(笑)」と明かしている。

岡田准一は、三宅健のことを頻繁に「かわいい」と発言する。

整形

無し

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