永浜いりあ

永浜いりあについて

永浜いりあは、2002年に全日本GT選手権アメリカンレーシング・ロッテアイスクリームクイーンのレースクイーンとして、サーキットデビューした。

その後イエローコーン、東洋ゴム工業などのレースクイーンを歴任しながら、テレビ東京のアイドル番組『出動!ミニスカポリス』の10代目ミニスカポリスに抜擢された。同時期に、CSのレースクイーン番組などにも出演していた。

その後、元々釣り好きだったこともあり、釣り番組(紀行番組)や釣り雑誌、ジョギング雑誌等に活躍の場を移し、アウトドア派の女性タレントに転進。『開運!なんでも鑑定団』(出張お宝鑑定コーナー)のアシスタントを務める。

基本プロフィール

芸名 永浜いりあ (Iria Nagahama)
本名 永浜いりあ (Iria Nagahama)
ニックネーム
国籍 日本
性別 女性
身長 165cm
体重 46kg
血液型 A型型
誕生日 1981年06月19日 (37歳)
干支
星座 ふたご座

所属・分類

レコード会社
事務所 スターダストプロモーション
事務所入所年
カテゴリ

出身・家族・学歴

兄弟 不明
出生地域 大阪府 大阪市
高校 不明
大学 不明

公式サイト・SNS

公式サイト
Insta https://www.instagram.com/iria.unasong/?hl=ja
Twitter
Weibo

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

釣りがきっかけで出会った男性と2008年に結婚した。

好きなタイプ

不明

性格

永浜いりあは、元々好奇心旺盛な性格である。仕事やプライベートでも釣りを楽しむ中で、釣りの基本的なことや楽しさ、感動を伝えることができればと、フィッシィングナビゲーターの仕事をしているという。

また、釣れるか釣れないか、わからないことが釣りの魅力だと語る。「釣れるとわかっていたらここまでハマらなかったと思うし、行かないと思う。自然が相手で魚は生き物なので、どんな名人でも100%釣れるかわからない。何度も釣りに行く中で気がついた。」と話している。

釣れた時のひき、食べたら美味しいとか、四季によって旬の魚が釣れるとか、自然が綺麗だったり、海が荒れていたりと、魅力はたくさんあるが、これらの魅力は釣りの他にはないと思っているようだ。

「すごくハマッていた時は、仕事で釣りをしながらも、休みの日に1日でも空いたら、新幹線に乗って釣りに行く。こんなに疲れてるのに、どうして行っちゃうんだろうと考えた時、釣れるか釣れないかわからないからだなと、これが釣りの一番の魅力だなと気がつきました。」と釣りへの熱い思いを語った。

趣味

永浜いりあの、釣り以外の趣味は、映画鑑賞、ヨガ、読書、ウォーキング、ショッピング、ラグビー観戦、ダイビング、カヌーなどアウトドア関係が多い。

釣りとの出会いは、2004年くらいである。その当時いた事務所に釣りが好きな方がいて、一緒にやってみようと誘われたのがきっかけだったという。

最初は「水辺でなんかやっていますね」程度の印象だったが、元々好奇心旺盛な性格だったこともあり、釣りを始めたという。

特技

永浜いりあは、釣りの趣味と関連して、小型船舶免許2級、小型船舶免許1級、特殊小型船舶免許、小型旅客免許を持つ。2005年に小型船舶操縦士免許を取得後は、プライベートでもボート釣りを積極的に楽しむ。

釣り関係の番組、『釣りロマンを求めて』、日刊スポーツの『いりあの釣行記』、『週刊つりニュース』の『いりあの海釣り物語リターンズ』ほか、各種のメディアで活躍中で、『永浜いりあのHappy Fishing Days! “釣りドル”永浜いりあのフォト&書き下ろしエッセイ集』も出版している。

デビュー前の経歴

永浜いりあのデビューは、カナダでのトラウト釣りの釣り番組だった。ど素人で、キャスティングというルアーを投げる行為も全然できなかったけど、カナダに行けてラッキーという気軽な気持ちであった。

一緒に出演した釣りの名人は、ど素人の永浜いりあにとても冷たい態度で、ロケは約1週間かかる。釣れない日々が続き、最終日に、名人が目標の大きな鮭を釣り、永浜いりあが何かを釣ったら収録終わりだよ、みたいな空気になったという。

空いている時間にはキャスティングの練習をし、「なんでちゃんと練習してこなかったんだろう」という反省の日々の中で、日も落ちかけて時間がない中、ガイドの方についてもらい、当初とは違う場所でやっと15㎝のニジマスがかかったようだ。

「その時は、嬉しいというよりホッとした気持ちの方が大きくて、涙が出たんです。そのときに、釣りってこういうことなんだっていうのがわかりました。今までは、ただ釣りたいからルアーを投げて、寒くても雨が降っても、何のためにやっているんだろうと思いながらしていたんですけど、準備があって、課程があって、やっと1匹にたどり着くんだということを身をもって体験し、またやりたい!って思うようになりました。」と語っている。

また、釣りの師匠について、「それからはプライベートでも行くようになり、その時にご一緒した名人が師匠になってくれると言ってくださったので、ぜひ教えてくださいとお願いして、釣りに連れて行ってもらうようになってから、12年が経ちました。」と語る。

家族

解散・引退について

周囲からの評判

永浜いりあが、うなぎの歌を作りたいと思ったきっかけは、生活の全てだった釣りの環境は、朝が早いのはもちろん、前日までの準備から始まり、スタッフも釣り人も男性ばかりという中、日本全国を移動し体力的にも過酷で、笑顔でついていくのが必死だったようだ。

そんな過酷なスケジュールを乗り越えられたのは、大好物の「鰻」のおかげだという。釣りや仕事で疲れた時に、よく鰻を食べてエネルギーチャージしていた。1日2回、週5回鰻を食べていたこともあるくらい鰻が大好きで、その美味しさや栄養価の高さ、シンプルで洗練された鰻重の芸術的な見た目、知れば知るほど、どんどん鰻重が好きになっていった。

永浜いりあは、素晴らしい日本の食文化であり、大好きな鰻重の応援に繋がることが何かできないかと考えたようだ。そこから思いついたのが、タレントであることを活かして鰻の歌をつくることであった。

そしてついに、鰻の歌を作るプロジェクトに挑戦する機会があり、これまで挑戦したことのない歌を完成させることで、鰻の良さを多くの方に知ってもらうのと同時に、自分も「うなソン歌手」として新しい肩書きでタレントとしての幅が出ればいいなと思ったという。

これまで食べ歩きモした「鰻ノート」があり、1年で鰻を食べた最高回数は、年間で約70回以上にのぼる。

整形

ない

好きな食べ物

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