高島忠夫

高島忠夫について

高嶋忠夫は、1951年に映画会社新東宝のニューフェイス「新東宝スターレット」の1期生として芸能界に入る。同期生は天知茂、久保菜穂子、小笠原弘、松本朝夫など18人。なお、映画界入りしたことにより大学は2年で中退している。

本名の高嶋忠夫から芸名の高島忠夫にし、21歳から東京で暮らしている。そして1952年の映画『恋の応援団長』でデビューした。同年に『チョイト姐さん思い出柳』で初主演を果たし、以後新東宝で主演級の歌うスタートして大活躍している。

基本プロフィール

芸名 高島忠夫 (Tadao Takashima)
本名 高嶋忠夫 (Tadao Takashima)
ニックネーム
国籍 日本
性別 男性
身長 181cm
体重 70kg
血液型
誕生日 1930年07月27日 (享年88歳)
死亡日 2019年06月28日
干支
星座 しし座

所属

レコード会社
事務所 東宝芸能
事務所入所年

所属

レコード会社
事務所 東宝芸能
事務所入所年
デビュー年

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

二人の馴れ初めは、寿美花代が娘役で出演した舞台に高島忠夫がゲストとして出演したことである。アプローチは寿美花代の方からだったという。

寿美花代が高島忠夫をオペラに誘い見に行き、途中で寿美花代がお腹が空いたと言い劇場を出るなど、完全に寿美花代主導のデートだった。

食事の帰りには「お給料はいくらもらってるんですか?」「住んでいるところは持ち家ですか?」「隠し女はいますか?」などと直球の質問をぶつけた。

それらの質問をすべてクリアしたため、寿美花代は結婚したいと思うようになり2年間の交際の末結婚に至った。寿美花代にとっては初めての恋人だったという。

好きなタイプ

性格

趣味

特技

デビュー前の経歴

高島忠夫は、1930年に兵庫県で生まれた。両親と姉妹弟の4人兄弟の長男として育っており、祖父は大地主で不動産収入がある裕福な家庭だった。そのために父は琵琶師匠をしていたが弟子もいなく生涯定職についていない人だった。

成績は優秀で神戸一中に進学。水泳部に入っていた。同じクラスの小松左京とバンドも組んでいたという。

学制改革により六・三・三制となり、神戸一中5年から新制神戸高校3年へと進学。しかし、ジャズに没頭し中退。翌年に関西学院高等部へ水泳推薦で編入した。高校では団鬼六がボーカルだった軽音楽部に所属していた。

出身・家族・学歴

兄弟
出生国 兵庫県
出生地域
高校 関西学院高等部
大学 関西学院大学 中退

解散・引退について

周囲からの評判

整形

なし

好きな食べ物

公式サイト・SNS

公式サイト
Instagram
Twitter
Weibo

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