小倉久寛

小倉久寛について

小倉久寛は、大学在学中に中村雅俊主演のテレビドラマ『俺たちの祭』に影響されて役者を志し、たまたま『ぴあ』で団員を募集していた「大江戸新喜劇」に入団。そこで知り合った三宅裕司が「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」を旗揚げした際に斉藤洋介らとともに移籍した。

大学卒業後、両親に役者希望であると告げられず、一旦は就職するもわずか2か月で退職、役者に専念した。

SET草創期は「3畳一間家賃9千円の傾いたアパート住まい」など貧乏暮しを経験するが、1980年代中盤からバラエティ番組を中心にテレビ出演が増え、1986年にはNHK『ヤングスタジオ101』の司会に抜擢された。

1989年には『夢見通りの人々』にて映画初主演を果たした。

また、舞台役者として活動する一方、バラエティ、映画、ドラマなど多方面で活躍している。また、声優として映画『美女と野獣』の吹き替え版や『ポチたまペット大集合!』、『イチから住』のナレーターとしてレギュラー番組も持っている。

基本プロフィール

芸名 小倉久寛 (Hisahiro Ogura)
本名 小倉 久寛 (Hisahiro Ogura)
ニックネーム
国籍 日本
性別 男性
身長 160cm
体重 70kg
血液型
誕生日 1954年10月26日 (65歳)
干支
星座 さそり座

所属

レコード会社
事務所 アミューズ
事務所入所年
デビュー年

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

小倉久寛は、1994年、12歳年下の宝塚歌劇団卒業生の速水渓と結婚した。小倉久寛より10cmも身長が高く、12歳も若いため、結婚発表の際には、マスコミから「美女と野獣」などと称されたと小倉久寛本人がラジオ番組で語っていた。

初デート時から結婚に至るまで、小倉久寛は、妻に「結婚してください」と言い続けたといい、なんと100回以上は求婚したということだ。子供はいない。

2009年から、メスのポポ丸という白いミックス犬を飼っているが、その愛犬を含めて「(家族)三人」という文章がブログに出てくる。

小倉久寛と妻の夫婦仲については、小倉久寛が出演したNHKの番組で、愛犬からの手紙という体で小倉久寛の妻からのメッセージが読み上げられたことがある。そこには「パパとママ(小倉久寛と妻のこと)は結婚してから20年になるけど、なにも変わってない」、「ママはパパとの生活が楽しくて、幸せ」、「努力家でやさしくてちょっと面白いパパ」、「ママはパパがいないとだめだから、ママより長く生きてね」、「いつも三人で笑っていようね」といったような、妻からの愛にあふれたメッセージがあり、小倉久寛の夫婦関係はいたって良好なようだ。

好きなタイプ

不明

性格

小倉久寛の性格は短気で内気であるという。

目が細く、太い眉毛がトレードマークでキャラが濃い小倉久寛は、見ているだけでほっこりできる。ブサかわいいキャラから繰り出されるトーク力はお笑い芸人も顔負けするほどだ。背が低くて野獣のようなインパクトのある顔は一度見たら決して忘れられず、性格は見るからに温和で人が良さそうである。

小さい頃からミーハーな性格で考えるより行動するタイプだった。幼少時は力道山にあこがれ、プロレスラーになろうと決意して腹筋運動など毎日トレーニングを行い、鉄下駄を着用していたという。最終的に腹筋が割れるほどにまでなったが、背が思うように伸びなかった。アントニオ猪木が好きだった。

1964年東京オリンピックを見て遠藤幸雄に憧れ、中学校で器械体操を始めたが、部自体が1年で廃部となったためバレーボールに転向した。大学入学後は『空手バカ一代』に影響され、空手部に入部(3段を所有)。同時に女性からモテることを期待して陶芸部にも在籍。この時50人の部員中、男性はわずか7人という状況であったがモテなかったという。

趣味

小倉久寛の趣味は陶芸、プロレスやプロ野球の観戦、サックス演奏、サーフィン、器械体操、空手(3段)である。

陶芸は、高校時代の友人に「部員50人で男は7人だよ」と言われたのがきっかけで陶芸部に所属したようだ。

プロレスは力道山にあこがれプロレスラーになろうと決意、筋トレに励んでいたようだ。

その後も体操の遠藤幸雄や漫画『空手バカ一代』の影響を受けて、中学校では器械体操、大学では空手等のスポーツ部に所属していた。

特技

小倉久寛の特技は、ギター弾くこと。子どもの頃からベンチャーズのようなグループサウンズが好きでギターに憧れていて20年前くらいに実現しが、それ以来ずっとギターが好きだという。

きっかけは加山雄三の映画、若大将シリーズのその後を描いたドラマ『社長になった若大将』に出演した時の出来事だ。収録スタジオの廊下を歩いていたら、「テケテケテケテケ〜」と迫力あるエレキギターの音が聞こえ、それはオーディオからの音ではなくて、誰かが弾いている音で、その音をたどって部屋に入ったら、加山雄三自身がコンサートに向けてエレキギターの練習をしていた。図々しくも、その場にとどまってしばらく聞かせてもらい、その次の日にはエレキギターを買って練習を始めた。

また、小倉久寛は海が好きで一級船舶の免許も持っている。田舎育ちの反動で東京に憧れたように、山育ちだから海にも憧れている。東京湾がか大好きで、モーターボートに乗ってベイブリッジをくぐったり、羽田の方まで行ったりしてみたくて免許を取ったという。劇団の仲間を連れて初めて海に出たら、海風が本当に気持ち良くて心身共にリフレッシュできるという。

ちなみに、船の上でかっこよくギターを弾くのが夢であり、「要するに僕は加山雄三になりたいんです」と語っている。

デビュー前の経歴

小倉久寛は、地元の高校に行き、東京の大学へ進学し、そしてどこかの企業に就職しようとしたが、ちょうど大学3年生の頃がオイルショックだったことも影響して就職難に陥り、就職先が決まらなかったようだ。

そんな時、たまたまテレビで中村雅俊主演の俳優を目指す若者を描いた青春ドラマ『俺たちの祭』を見て、突如「俳優」という選択肢が浮上してきたという。そして、小倉久寛は調査を兼ねていろいろな舞台を観に行くなかで、決め手となったのが劇団「大江戸新喜劇」だった。

その舞台は三宅裕司が主演していて、すごく面白くて「ここだ!」と思い、早速オーディションに応募してみたところ見事合格した。実は、その時はたった二人しか受けておらず、二人とも合格したようだが、それが小倉久寛にとっては人生の大きな転機となった。

その後、三宅裕司が新劇団(SET)を旗揚げすることになり、そこに誘いがあって今の小倉久寛がある。

出身・家族・学歴

兄弟 不明
出生国
出生地域
高校 三重県立伊勢高等学校
大学 学習院大学

解散・引退について

周囲からの評判

小倉久寛は子供の頃、実年齢より老けて見られていて、高校時代のあだ名は「オッサン」だった。20歳の時に40歳に間違えられたこともあったという。

長年『ポチたまペット大集合!』や後番組においてラブラドール・レトリバーのまさお君(だいすけ君、まさはる君も含む)のアテレコを担当。

小倉久寛は「小倉さんの小部屋」と題されたブログを持っている。それはもともと小倉久寛が所属する劇団「劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」の座長である三宅裕司の「三宅座長の仕事部屋」というホームページの一角に2000年ごろからあったコーナーである。そこで、小倉久寛は、「週刊小倉のつぶやき」として、毎週金曜日に文章を掲載している。

その後2008年の4月からは、アメーバブログに場所を移し、今に至るまで毎月更新されている。その内容は日々のことであったり、愛犬のかわいい姿であったり、ナレーションを務めていた『ビッグダディ』の裏話といったような仕事の話までさまざまである。画像つきで更新されることが多く、小倉久寛の自撮り写真など、脱力系のゆるい面白さが詰まったブログとなっている。

整形

ない

好きな食べ物

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