愛華みれ

愛華みれについて

愛華みれは、「タモ」という愛称で親しまれ、さわやかさ溢れる正統派男役として活躍していた。宝塚での同期生には、真琴つばさなどがいる。

1999年に花組トップスターに就任し、相手役は大島れいであった。2011年の東京宝塚公演『ミケランジェロ』『VIVA!』にて、宝塚を退団した。以後、女優として活躍している。

2008年3月21日に、悪性リンパ腫に罹患していると、所属事務所から公表に発表された。闘病生活を続け、体験記はテレビ番組でも取り上げられた。闘病生活を経て、同年の舞台『シンデレラtheミュージカル』で復帰を果たす。完全な復帰とはいえず、放射線治療を受けながらの舞台登板となる。

2009年元旦に、結婚したことを公式ブログにて発表した。同日は、彼女の母が亡くなった日でもあった。

基本プロフィール

芸名 愛華みれ (Mire Aika)
本名 森田裕子 (Hiroko Morita)
国籍 日本
性別 女性
身長 168cm
体重 0kg
血液型 O型
誕生日 1964年11月29日 (55歳)
干支
星座 いて座

所属

事務所 ホリプロ
デビュー年 1985

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

一般人・不明・該当なし

愛華みれの結婚相手は、10歳年下の一般人男性である。都内で、スポーツ治療院を運営している。宝塚に所属していた頃から知り合っており、家族とも親しい間柄とのこと。

愛華の母親が逝去した後に、交際を開始し、2年の交際機関を経て、入籍に至った。都内での顔合わせの折、ネックレスの装着時に、首のしこりに気付き、その後の検査などを経て、悪性リンパ腫だったことが発覚する。

彼の献身的な支えや、的確な治療なども実を結び、約5か月間の治療を経て、闘病生活中の期間から再びステージに復帰した。プロポーズからちょうど1年後の2009年1月1日1時11分に入籍したと発表。その日は、彼女の母が亡くなった日と同じ日でもあった。

悪性リンパ腫は、その後6年間の治療と検査を続け、無事寛解に至っている

好きなタイプ

愛華みれは、奇跡を信じている性格だといい、「後ろから私の肩を抱き締めてくれる人」がタイプとのこと。この発言をした4年後に、悪性リンパ腫が発覚する。

当時の交際相手との結婚を断ろうと思ったそうだが、「そういう時だからこそ、僕が必要なんじゃないか」という言葉で、入院中に彼とのマンションで、同居を開始した。

治療しながらの舞台復帰後も、マネージャーのように毎日付き添ってくれたといい、「一緒に病気を乗り越えたから恋愛を超えた絆が生まれた」と当時を振り返る発言をしている。

性格

愛華みれは自分を「夢見がちな性格」と語る一方で、「夢と現実を共に見なければいけない」という、堅実な側面も持っている。小学生の頃は、夢と現実を共に見ることが大事だという旨の文章をいつも念頭において、生活していたとのこと。

夢見がちな側面が強く、目に見えないものを大切にし、「神様はいる」と信じていたり、「奇跡は起こる」とも思うことが多いという。宝塚に所属していた際は、「自分は宝塚歌劇団という夢の世界にいる」と考えていたとのこと。

宝塚で、男役を演じていたことから、「ニヒルな側面があるが、泣いたりすることもある。クールに振舞っていると、男役だからかと思われたりし、苦悩した」という。また「無理やり女らしくなろうとして傷ついた」とも語っており、自分のアイデンティティを模索するにあたって、生真面目な性格が裏目に出ていたことも、少なくなかったようだ。

先輩や仕事仲間、そして現在の伴侶となる夫との出会いや、闘病生活などを経て、現在は過去の葛藤からは一歩踏み出している様子。姪っ子の写真をブログにアップしたりする、「素敵な年長の女性」としての優しさや、気丈さを感じるブログ記事やニュースが多くみられている。

趣味

愛華みれは、ドライブが趣味である。また、過去に「薔薇の育成にもこだわっている」と話している。バラは、宝塚の退団時に花束として持つ程、好きな花だったようだ。

白い縁のピンク色の薔薇を貰った際に、「どうにかして挿し木にして、庭に植えようと必死」と語り、綺麗な花を長く愛でるために、努力を惜しまないようだ。

また「いろんな研究をして、根が出ないか模索している」とも話しており、凝り性で、粘り強い側面もあるようだ。華道の免許も持っているとのことから、草花や自然に触れることも、趣味をつくるきっかけにもなっていると思われる。

特技

愛華みれは、剣道2段の免許を取得する程の腕前である。華道も得意としており、初段の免許を持っている。

また、書道なども得意としており、日本の文化や品性に根ざした「道」と「精神」を志すものに対して鍛錬をつみ、特技としていっているようだ。

デビュー前の経歴

愛華みれは、「父がお箸をつけるまでご飯を食べてはいけなかった」という程、厳格な家で育った。小学生の頃から、信念を貫く生き方を志しており、小学校3年生で「夢を描き、夢の翼を休めるな」という言葉を座右の銘にし、今も継続しているという。

中学2年生の時、母親に連れられて、約2時間かけて鹿児島市内まで赴き、宝塚をはじめて観劇した。宝塚に入団する以前の学生時代は、声楽のみを勉強しており、バレエは殆ど経験していなかった。

宝塚歌劇団を目指すようになった時は、「美人コンテストに出るような気持ち」での出場だったとのこと。無事1983年に宝塚音楽学校に入学を果たし、1985年に71期生として、宝塚歌劇団に入団を果たす。

『愛あれば命は永遠に』で初舞台を踏み、その後、花組に正式配属となる。

出身・家族・学歴

兄弟 4人兄弟の3番目。兄、1歳年上の姉、弟
高校 鹿児島県立南大隅高等学校
大学 進学せず

周囲からの評判

愛華みれは、宝塚での先輩にあたる鳳蘭から、宝塚在籍時に結婚適齢期に近づき、劇団二番手にいた自分に対し、励ましの言葉を貰ったことが、大きかったと語っている。

「いいのよ、あなた華やかなんだから、がんばって」という言葉に、宝塚で活動を続ける意味を教えられ、「その言葉がなければ退団していた」とも語っている。

鳳との縁は退団後も続き、舞台『34丁目の奇跡』の音楽担当である八幡茂から、煮詰まっていた際に、鳳の舞台を紹介され、彼女の歌声に感動して手紙を書いたという。その後、鳳から「無理に女にならなくても。そのままでいて」というメッセージを貰った。先輩の存在のありがたさを痛感したという。

整形

なし

公式サイト・SNS

出演映画・ドラマ

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