ユジン

S.E.S 韓国の俳優・韓流スター K-POP・韓国のアイドル 韓国のタレント 韓国の歌手

ユジンについて

ユジンは、1997年、アイドルグループS.E.Sのメンバーとしてデビューし、現在は女優兼タレントとして活動を続けている。

S.E.Sは当時センセーションを起こすほどの人気アイドルで、イギリスではスパイスガールズ、アメリカではTLC、日本ではSPEED、そして韓国ではS.E.S が代表的な歌手だった。中でもユジンは「美の女神」とも言われていた。

2002年まで S.E.Sとして活動し、2003~2004年はソロとして活動し、1集アルバム『My true style...』を発売したが売れ行きが振るわず、活動中止後約2年間空白期間を持った。

そして2年後、再び芸能界に復帰し、今度は女優としてドラマなどに出演した。代表作として2004年のSBS週末特別企画『最後のダンスは私と』、2014年のJTBC月火ドラマ『私達愛することができるかしら』がある。

2005年、ネチズン(「network citizen」の略称)たちが選んだ韓国の代表的美女で2位を獲得。2009年からメイクアッププログラム『Get It Beauty』の司会を受け持ったのがきっかけとなり、ユジンのメイクアップの秘密をつめこんだ書籍もベストセラーとなった。

プライベートでは、2011年に俳優キム・テヨンと結婚して娘をもうけた。そして娘を中心に、夫と共演した子育て番組『スーパーマンが帰ってきた』は老若男女から大人気となった

基本プロフィール

芸名 ユジン (Yoo Jin)
本名 キム・ユジン (Kim Yoo Jin)
国籍 韓国
性別 女性
身長 160cm
体重 47kg
血液型 A型
誕生日 1981年03月03日 (39歳)
干支
星座 うお座

所属

参加グループ

S.E.S

事務所 C9エンターテイメント
デビュー年 1997

交際相手、彼氏・彼女に関する噂・報道

ユジンは、2002年のドラマ『ラビングユー』で共演したパク・ヨンハと恋人関係だった。世間に知られたきっかけは、リュ・シウォンの引越しパーティーで、ユジンがパク・ヨンハの膝の上に座っている写真が流出したことであった。当時は2人とも交際をはっきりと公認しなかったが、2004年、ユジンから「交際していたが2003年の末に良い同僚として過ごすことにした」と、交際の果ての決別を認めた。

2人は別れた後もたまに連絡をとりあい、パク・ヨンハが励ましの言葉をかけてくれることもあったという。2004年のインタビューで、ユジンは「ヨンハとは、昨年末良い同僚として過ごすことにし、別れた。今でも、時々連絡を取っている。私がテレビで歌を披露した後、『歌うのを見た、素敵になった』という、励ましの電話ももらった」と話した。その上で「もともと敵でもないのに別れたからといって連絡を急にとらなくなるなんておかしい。パーティーの写真が流出して、大きなショックを受けた」と芸能人同士で恋愛ができない不自由さを語った。

後に2010年にパク・ヨンハは自殺をしてしまうが、父親との関係によるもので、ユジンとは関係ない。

ユジンと夫である俳優キム・テヨンとの初めての出会いは、ドラマ撮影である。

最初は特に何の感情も起こらず、ユジンと初めて会ったキム・テヨンは、「こんにちは」とありきたりの挨拶をしただけで「親しくなるには時間のかかりそうな人だなあ」と思ったという。自分から話しかけてくるということもなく、困ったユジンは、ドラマ撮影を円滑にするためにと、キム・テヨンのスタイリストに彼の電話番号を聞き、その後2人はメールで連絡をするようになった。メールのやりとりをしながら、次第に実はお互いとても気が合うということが分かり、それから徐々に恋人関係に発展した。

好きなタイプ

ユジンはかつて、自身の理想のタイプとして、金城武を挙げたことがある。金城武の出演した映画は全て観たというほどの大ファンだ。映画の中で見せる柔らかで温かい目線がとても魅力的だと話した。

性格

ユジンは、責任感があり、自分に与えられた仕事はきちんと最後までこなす。また情が厚く、S.E.Sのメンバーとして活動していた頃からその美貌のためにドラマや演技の方から出演願いのラブコールがたびたびあったにもかかわらず、彼女はメンバーの中で自分ひとりだけ多方面まで進出することを好まなかった。

S.E.S解散後、ソロデビューをして2年近く活動したが、思ったよりも人気が振るわなかった。努力家のユジンらしくソロデビューの前に万全の準備をしたにも関わらず失敗したため、かなりのショックを受けた。

ドラマ『屋根裏部屋の猫』や『狼の誘惑』などの出演依頼を断ったというのは有名な話だ。歌手としてもうまくいかなかった自分が演技などできる状態ではないというのがユジンの気持ちだったのだ。

またユジンはかつて交際していた俳優のパク・ヨンハが自殺してしまうという衝撃的な出来事を経験した。もちろんユジンとのことが理由で自殺したのではないが、かつて恋人同士だった男性が自ら命を絶ってしまうというのはどれだけ精神的にショックだっただろうか。彼女は自身のファンに向けてメッセージを送った。「大切な家族や友達、同僚たちに対して、少しでも多く関心を持ちながら生きていきましょう。私も、皆さんも。辛いことがある時は、自分の愛する人たち、私を愛してくれる人たちのことを思い出して、がんばりましょう。命はとても大切なものです」非常に重みがあるメッセージである。

趣味

ユジンの趣味は、読書、ピアノ演奏、映画を見ることである。

好きな映画は『アンタッチャブル 1%の友情』。ユーモアとヒューマニズムがたくさん詰め込まれた映画で、とても楽しく観たと話している。

ヨガも好きで、撮影のため高いヒールをよく履くためか腰がいつも固まっているので、それをほぐすために日々行なっている。

ユジンは美容に対しての関心が高く、「ビューティーメント」という愛称がつくほどで、美容に関する書籍も数冊出版してベストセラーになったこともある。見るからに健康的でいきいきと輝いているユジンの美しさを保つ秘訣は、プラス思考で生きること、総合ビタミン剤を飲むこと、お酒とたばこは絶対に口にしない、ヨガとストレッチを毎日行なうことだという。

特技

ユジンは怪力の持ち主として有名である。小学校時代からユジンはカリスマあふれた女番長として校内でも目立つ存在だった。同級生たちの証言によると、腕相撲をすると女子学生は全滅、男子学生にまで勝ってしまうほどの力持ちで、お昼にはお弁当のふたやおかずの容器が空かないとみんなユジンに頼んであけてもらった。

S.E.S時代も力持ちだった。特に2004年の『チュソク特集芸能人腕相撲大会』では、女優部門を制覇し2冠を達成した。SBS『オールスター紅白戦』では腕相撲大会ではハリスやチェヨンに勝ち、腕相撲チャンピオンの座を勝ち取った。

デビュー前の経歴

幼い頃の夢はピアニストだった。ピアノの特性上、幼い頃からこつこつと練習しなくてはいけないのだが、グアムへ移民するという家庭の事情もあり泣く泣く夢をあきらめた。しかしグアムで合唱部の伴奏をしたりとピアノを完全にやめたわけではなかった。S.E.S時代もしばしば放送でピアノを弾く姿が映し出された。

その他、美術方面にも才能があり、高校の頃はデザイン方面に進もうかと悩んだという。

デビューのきっかけとなったのは、1997年2月、H.O.Tが1集活動を終え、画報を撮影しにグアムへ行った時、キャンディーレイ(ネックレス)をかけるために空港で待っていたユジンを H.O.Tのマネージャーが見かけ、現地で通訳をお願いしたいと頼んだ。 H.O.Tマネージャーによると、初めはグアムの人かと思っていたが韓国語もできるのを見て、ユジンの連絡先を尋ねたという。ユジンはその日一日 H.O.Tの通訳をしながら観光案内もこなし、家に帰ろうとしたところ、誰かが呼ぶので行ってみると、起業家であり韓国芸能界の先駆者であるイ・スマンであった。そして彼から直接キャスティングを受けたユジンは、母親と共に韓国へ帰国し、オーディションを受けた。

出身・家族・学歴

兄弟
高校 John.F.Kennedy High school(グアム)/Kent Foreign School(ソウル)
大学 高麗大学校 フランス語 フランス文学科

整形

S.E.S時代から、ソテジワアイドルのファンということで有名だったユジンは、1995年12月、ミュージックビデオの撮影地としてソテジワアイドルがグアムへ訪問するということを知り、友達と一緒にソテジワアイドルが宿泊しているホテルに会いに行き、サインをもらって握手もしてもらった。ユジンの父親の友達であるタクシーの運転手が、宿泊先ホテルの住所を知っていたのもラッキーであった。その後、この時一緒に撮った写真が公開されたのだが、現在のユジンとあまりに似ていないなため、「ユジンは整形したのではないか」と噂がたったが、グアムにいた当時はユジンが太っていたのと、写真の画質も悪かったためで、実際は整形していない。

公式サイト・SNS

S.E.SのYouTube Channel

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